失敗の本質

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    名将山本五十六は、痺れを切らしたように軍令部の開戦決断に対し一言揶揄したと言う。確か次のようなことだったはずだ。
    軍令部は、強大な米国に宣戦布告するという大義には相応の確固たる決意と万全の態勢あってのこと故か。
    やるからには徹底して最大の戦力を投じ敵国に最大限の損傷を与える必要があり、そうなれば私は命に代えて成し遂げる覚悟がある。
    名将なればこその武勇を感じられる言葉だが、核心はこの戦闘に必要な資源がバックボーンとして前線の我々を支えうるに足るほど備えられているのか?という危惧にある。
    当時から膨大な石油消費をする艦船や戦闘機に必要な油田設備はなく、敵国からの輸入備蓄に頼っていたことは重大な課題であった。鉄鋼資源も満州に依存してもなお不足していた。銅も鉄も日本にはないに等しい。フィリピンや周辺国に侵略するのも石油という資源確保が最優先の理由だとされる。
    やればなんとかなるとも考えたのか、日本は悲惨な結末に落ちていった。
    理由がなんであれ、初めから勝てる戦ではなかった。 何もかも根底から破壊された日本は目覚しい戦後復興を遂げた。 しかし国家として自立しているとは言い難い。 果たして隣国が有事に入らんとする情勢下で
    人類は歴史から何を学んだだろうか。
    歴史は繰り返されるのではなく、愚かな人間がそれを繰り返す。 歴史はその結果に過ぎない。今まさに一触即発のさなか 常に大国は持て余すほどの軍事力で圧倒しねじ伏せる。その歪みはあとから噴出し、その痛みは小国だけが背負う。この図式は人間の法則のようだ。 失敗の本質は、人は歴史から学べないからなのかもしれない。余りにも世界は不均衡だ。
    北朝鮮有事の今日にて


    雨と霧の中で

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      ある親愛なる氏の文面を読み、違和感を覚えながら月日が経ったいま、それがなんであるかに思い巡らせた。
      氏は収容所での究極で悍ましい生活の中にも愛と尊厳を失わずに生きた人がいて、作者がその1人であって素晴らしい人物だという評価があった。
      またそうあるべきだと生き方を示す教書でもあると言った。確かにそうかもしれない。

      ただそこで起きた「全て」は「個」の全てでもあるのでなないだろうか。生き方の選択などは存在していない状況に置かれてもそれでも人は何かの選択をしなければいけない。選択しないことも選択になる。極限状況に置かれた人間は飢え渇く。そのためには自分が生きることが最優先される。そこにある選択肢に希望があっただろうか。置かれた状況の人達にはその思考さえ破壊されていたのであって、一片のパンのカケラの放つ光に手を伸ばして絶えた命は、愛と尊厳を語る事を超えてはいまいか。
      ただ作者V.Eフランクルの妻が壁を隔てた向こう側の女子棟にいるであろう事を思いながら、確かに同じ時刻を同じ大地の上で生きていた共有感。
      監視団向けに取り繕った楽団の奏でる美しいヴァイオリンの音色を壁の向こうで確かに妻も聴いているはずと信じ、彼女もまた彼が聴いていると信じる事を信じる瞬く間の希望。読み返すたびに胸をえぐられるこの描写は対比的で悲しくも美しい。

      どう生きるべきかを説いたのではなく
      収容所の「全体」に私達を置き
      どう生きたのかを問いかけているのではないか。答えを私達が考えるために。
      V.Eフランクル著「雨と霧の中で」を読んで

      その空の色

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        1944年昭和19年
        昭和東南海地震がこの地方を襲った。
        戦時終焉の真っ只中であったこともあり被害の実情の多くは軍情報統制により記録があまり多くはない。軍需工場が甚大な被害を受けたからだ。それでも残っている観測記録からはわかったことがある。東日本大震災とほぼ発生時刻が同じだということだ。
        御前崎を襲った第1波は地震発生40分後の14時27分。その後第2波、第3波、4波と続く。津波前にはあの大海の御前崎の海水が5分間海底を露わにして黒ずんでいたという。紀伊半島では最大9mという記録もある。
        陽だまりの中にまだ寒さが残る物寂しい黄ばんだ空を仰ぐと、改めて3月11日の記憶が蘇る。昭和19年の震災もこの日の震災も同じような空の色をしていたのかもしれない。自分の身に起きる事を何も想像できない。この空の色は地上の我々を相手にはしていないのだろう。


        お人好し

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          条約契約をきちんと守る国
          借金はきちんと返す国
          情に深く許す事から始める国
          すぐに相手を信頼する国
          勤勉な国 忍耐強く物静かな国

          そういう国は、条約はすぐ破られ、金が足りないと言われ、いつまでも恨まれ
          裏切られやすく、真似され盗まれ、すぐに先手を打たれ、騒がれ返せない。
          自分が守れば相手も守る
          自分が許せば相手も許す
          自分が信じるように相手も信じる
          自分が手を出さなければ相手も出さない
          残念な事にそれはとんだまやかしで、外交は根本的に相手を絶対に信用しないのが鉄則で、取引で相互の満足を与え合うことができて初めて握手を交わし、満面の笑顔を取り繕う事ができなければいけない。右手で握手するが左手は万が一の事を考え拳を用意しておくぐらいがそんな国にはちょうどいい。

          我ながら気の毒な意見


          敗戦の根深さ

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            講和条約が締結するまでの間、明治政府から継がれた救育勅語をぶっ潰し、米国製憲法9条を押し付け、一国の国語文化さえ民主化を遮る害悪とし、あわよくば漢字さえ不要とし、カタカタに統一せよと、あるいはローマ字に統一せよと。その民主化とはなにぞ。
            悪魔のような空襲、二発の原爆、放置された大陸の在留邦人、軍人、されるがままの満州、半島、北方領土。
            敗戦国は悪か。戦勝国は正義か。

            皇国の保守派を潰し、追放し、民主化政治を標榜するあまり社会党を擁護し、共産主義が推挙され、挙句スターリンのスパイが公然と出入りしはじめた。自分の国を他国侵略から守る術を一切持たされていない日本に許されたものは、平和を叫ぶ狂気に満ちた無抵抗、無策という憲法9条。
            朝鮮半島に文革の波が押し寄せ、スターリンが迫ると、すかさず青森に警察を軍隊化する指令をだし、後の自衛隊になる。マッカーサー絶賛の自前憲法が瞬時に本人によって歪められた矛盾を抱えたまま、経済活動は朝鮮戦争の特需で戦後復興のめまぐるしい進歩を遂げた。
            ように見えた日本は敗戦から計り知れない犠牲をともない、また置き忘れてしまったものがあまりに多すぎる。

            それに染まり続けた多くの世代と属する私自身。知らなかったではもはや済まされない。
            手に入らない情報の方が少ない現代だから。


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