無関心の功罪

0

    真珠湾から74年余りになる。この大戦を通してしっかりと理解しなければならない多くの『戦争の理由』について、大量の公文書の公開、秘録の数々、証言記録などが国際的にも一般市民のレベルにまで到達されるようになってきて久しくない。
    読み重ねる内に感じた恐怖は、かの大戦の背部で暗躍した共産主義による革命プロレタリアート。
    思想、信教信仰の自由、人権とそれらを尊重する憲法と国体などに包まれた世代にとって、マルクスレーニン主義はよその国の社会活動に過ぎないという無関心の中に埋もれている。
    資本主義経済は完全ではない、だが共産主義社会も完全ではない。「人間」がそれを織り成す上で共通するのは、どんな社会格差がうまれて民衆の不満が暴発寸前だとしても、自由と人権を抑圧される事は人が欲するところではない。だとすれば世界中で社会主義国が崩壊するようにたとえ資本主義経済が問われる現代においてもまだ資本主義経済の方がマシだという事になる。つまるところそんな微妙な安堵感に入り込みやすい革命思想なのではないか。民衆の不満に賛同し、擁護し、戦争に持ち込み、経済力を疲れさせる。そして乗っ取る。不安を抱えた人に寄り添いいつのまにか集団の中で生き甲斐を感じさせるカルトに似たもの。殆どの民衆が陥りやすい事を知り尽くしている。そういうと言いすぎだろうか。殊に『自由』を叫ぶ集団ほどまさにそうではないか。
    あの大戦で勝利したのはアメリカではなくソヴィエトだった。の一文が焼き付いつて離れない。


    関連する記事

    calendar

    S M T W T F S
          1
    2345678
    9101112131415
    16171819202122
    23242526272829
    30      
    << September 2018 >>

    selected entries

    categories

    archives

    links

    profile

    search this site.

    others

    mobile

    qrcode