立ち止まってみることも

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    m(__)m当たり前の生活の中に埋もれた幸せは決して少なくない。毎朝、迎えた朝を感謝し、祈りを捧げている。
    同時に当たり前に過ごす生活の中に溢れる逸脱、危険、錯覚、過ち、歪んだ固定観念、破壊もあるのだと改めてかんじた。
    宇沢弘文先生の「社会的共通資本」が漸く興味深く読めるところにきて思った。
    王道を突き進んだ資本主義経済の足元が崩れ始め、保護主義に流れが変わり始めている。いづれも社会格差や資源争奪や、民族紛争の解決の糸口にはならないだろう。絶えず人は争い、奪う。

    もともと車社会が与える経済的関係や文明や自然社会への影響を広範にわたり分析した論旨を基点にしたこの社会的共通資本の全容は今の時代に警告として聞き取れるほど、
    私達は実は「くるま社会が当たり前」に麻痺してはいまいか。「くるま社会」を通して経済、資本、権力、自然、自由と尊厳、独立と共生を説く。またその逆の論証もあり農村の自立生産にも力強い論証も。
    本文より「自動車道路の建設は自動車産業自体の発展に対して大きな効果を持つとともに、自動車関連産業における雇用形成を誘発し、ひいては日本経済全体の成長を促進するという効果を持っていた。このことがまた人々の精神構造に対して、無視しないで影響を与えて、自動車の果たす光の部分だけに注目して、そのネガティブな側面から目をそらすと言う思考形態が一般的な風潮となっていった。」
    また、
    「ル・コルビュジェのー『輝ける都市』には人間が欠如している」
    一度立ち止まって読むべき書に出会ったと言える。

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