忘れない

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    いつものように日経新聞の下欄に掲載される新刊案内を眺めながらチョイスした4作の一つがこれだった。というより真っ先に読む必要を感じたと言った方がいい。ネットで迷いなく注文し翌日には読んでいた。二日目に読み終えてもう一度読み返していた。なんども何度も泣かされた。たった一人の愛娘の命を奪われたお母さんに寄り添う思いで涙が溢れ、激しい怒りと悲しみが蘇った。
    新聞や連日のテレビで知った平成19年事件当時、私は強い衝撃をうけると共に無性に許しがたい憤りを感じていた記憶がある。事件は知っていてもそれが今、この書物によってより具体的に必然性をもってつなぎとめられた気がした。
    2007年8月24日に起きた筆舌に尽くしがたい残虐な拉致監禁殺害事件がベースのノンフィクション。と、そう書いてしまうと単に好奇の的としての読書の一貫で済まされてしまうようだが決してそうではない。忘れられずに心のどこかに引っかかっていたからだ。その理由は事件が起きた場所のほとんどが私の生活圏で起きている事が起因していた。読むほどにその自分の中に起きた動機は単純には語れないほどにあまりにもまさに私の隣で起きていた事実を突きつけた。
    犯人らが計画を練ったファミレスは打合せに何度か使った事がある。彼らが待ち合わせた場所の数々はまるで同じ時間に同じ通りを彼らとすれ違っていたはずだとさえ思うほど「身近」だ。拉致を決行した場所や通りは仕事でよく使うためほとんどの情景を浮かべられる。ましてや数日前に車でいつものように通過しているのだ。尊い命をその恐ろしい手口で奪った場所は私の出生地であり実名で出てくるレストランも家族ぐるみで行ったし、田舎ものの私には贅沢な場所でもあった。自転車でもなんども走ったし、庭そのものだ。彼らは金欲しさに恐喝相手を追い求め、現在私の住む日進にまで足を伸ばしている。死刑判決から一転無期に軽減された理不尽な展開にほくそ笑む殺人犯は、服役中に更に遡る数年前の殺人事件がDNA判定で同一犯である事が判明した。その事件現場である碧南のパチンコ店。その先に今も仕事でメンテナンスに通う客先がある。更には守山で犯した強盗殺人未遂事件。同じようにそこも仕事で通り過ぎた先に客先がある。
    ところでなぜ死刑から無期に後退したのか。被告側弁護団が立てた精神鑑定は社会矯正の可能性を訴えたことも背景にある。矯正?判定を下すその男は過去にも人を殺めていたのだ。精神鑑定とはいったいなんなんだ?

    今は亡き彼女が通った大学の記述にも胸の痛みを感じた。大学生活に意義を見出せず思い悩んでいたであろうまさにそのころ、大学の境界線を挟んだ市の公共施設は毎月携わった仕事の現場だった。
    あまりに奴らの近くにいた現実に正直、吐き気がする。
    意味のない憤りかもしれない。何一つまとを得ない表現なのはわかっている。だが言いたくなる。「そんなに近くにいたのに彼女を助けてあげられなかったのか。庭のように知り尽くした場所でなぜ気づいてあげられなかったのか」
    全くの他人だから当たり前なことだ…
    ただお住まいだった集合住宅の近隣住人の方々が今も掲示するメッセージが自分の思いに重なる。「身近にいて気づいてあげられなくてごめんなさい…」
    この本を読み、というより事実の数々を明らかにされ、ますますその思いが強くなるのは、母娘のありのままのどこにでもある、愛に満ちた普通の暮らしを一瞬にして奈落の底に突き落とすその恐怖と悲惨を克明に伝えてくれるからだけではない。
    陰惨なこうした事件に厳然と立ち向かうために、司法のあり方を改めて私達に問うものでもあると思う。まだ先日1審の公判が終わったタイミングで発刊されたこの書簡は現在、第二審を待つ。行く末を見守るため、私は決して忘れない。

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