発言の本質を問う

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    最近のFBやブログには辟易とする。
    我々のようなベンチャーはスタンスのぶれは命とりだ。なかでも自社開発品をPRしたいがために、他社製品を批判するようなことがあってはならないだろう。製品や技術、スタンスも同じだ。
    恰も自社製品が素晴らしいと訴えたいためにあからさまな、あるいは遠巻きにしつこい他社製品批判を書き連ねる投稿には未熟さを否定できない。
    特に知識レベルの誇示は対お客様向けではなく、自己陶酔の域をでないものが多い。およそその類は行き過ぎた暴走発言も多く、論拠を持たない個人的な主観がむき出しになっている事に気づかないで堂々としている有り様だ。

    エンドユーザーはそんなものを求めていないし、喜びもしない。市場はもっとシンプルな反応だ。

    数少ない言葉で惹きつけるフレーズひとつでニーズを呼び起こすものでなければせっかくの開発品は自ずと浴びせた言葉で信用を失うだろう。

    他社製品批判はともすれば間接的にその愛用者を否定し、あるいはその会社、ひいてはそのスタンスを否定する事に繋がるものだ。履き違えると思わぬ敵を作る。

    正しさは間違いがなければわからない。間違いもまた正しさがなければわからない。両者は同じところから生まれるのだ。元はといえば我々自身が間違いに気づき、正しさを見出したモノ。それが開発品のエッセンスになっている。
    必要な時は批判すればいいが、ほとんどの場合批判などなくても世間の目はもっと厳しい批判の目をもつので不要と言っていい。批判するほどその姿は見苦しい。

    賛同者の数だけ批判者も存在すると心得るべきだろう。自社製品にその意味を盛り付けるのは他ならぬ自分自身である事を、我々は忘れてはならないのではないか。我々は開発製品には欠点と長所を持ち合わせている事を知っている。絶対的製品など無い。だから自分と同じでいいところもあれば悪いところもある。いいところが今までになく良く評価されると信じるからこそ強く熱い思いを込めて人様に公開したではないか。自分が生きるように産みの苦しみを伴った開発品も生きて社会の厳しい目にさらされている事を忘れないで欲しい。

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